江戸中期から明治期にかけて、庶民が木綿を着るようになっても、寒さが厳しい東北では綿花の栽培ができませんでした。そのため、米や海産物などと上方(京や江戸)の古布を交換し、女性たちが家族のために継ぎ合わせたり、仕立て直しをして木綿の衣類を仕立てていました。
米や海産物と交換して入手する貴重な古布を、刺し子をすることにより、布や衣服を1日でも永く生かす技術は、農業や漁業技術そのものに匹敵する能力と考えられており、女性の刺し子の技術の熟練度は嫁の評価の重要な一つとされていました。 特に、嫁入支度の前掛けは、嫁の辛抱強さや几帳面さを評価する対象とされていて、刺し子の文様の選択、工面、組み合わせなどの技術が争われました。この刺し技術を争うことにより、布不足を補ったとされています。
女性たちは、刺し子仕事をする老婆たちの仕事を覗いては見習い、自分の前掛けに、更にデザインやモチーフに技を加えるなどして、自分の前掛け姿を整えることにメンツをかけていました。前掛けは、当時の女性にとって自分の家族を守るという強い意志の表れだったのではないでしょうか。
一握りの綿も実らず、海が荒れれば漁にも出られず、粥食の日々が続くとすれば、それと交換する古布を1日でも永く生かす刺し子の技術は、漁農技術に匹敵します。家を守る女性たちが、こうした刺し子の技術を競い合うことで刺し子が生活に定着し、東北の生活文化の象徴となっていったのです。
現代でいうエプロンの役割をしていた前掛け。江戸時代中期以前は前垂(まえだれ)と呼ばれていました。絲綴は、山形県庄内地方の刺し技術を用いてデザインした前掛けを製作しています。
衣食住のあらゆる面に制約があった時代。だからこそ生まれた刺し子の前掛けを、当時と同じように仕事着として、またファッションの一部としての普段着として、現代の生活の中に取り入れていくことで、これまでとは違う暮らしや、新しい価値を創造するきっかけにしていきたいと考えています。
INFORMATION | ITEM | MAEKAKE COLLECTION |
MATERIAL | 100% cotton hand-woven/ machine-woven Sashiko thread : indigo dyed / DARUMA sashiko stiching thin thread (ecru) |
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COLOR | indigo dyed | |
SIZE | W D H | |
NOTE | 古布を使ったアイテムには、古布特有の風合いを活かして製作しています。 ほつれ、破れなどがある場合があります。 |